僕以外は誰も面白くない昨日僕が見た夢のイメージを文字化したいと思います。
コンサートが終わった後のようなざわめきの興奮の余韻の中で、田中れいなと親しげに会話をいたしました。場所はどこだったか、思い起こすに、どこかの市民ホール会場と大きな講義室、それから自分の通った中学校のどこかであるような廊下のドッキング、ミックスで、電灯は蛍光灯の白い明るさでした。道重さゆみもそこにいたかどうか。いた感じがします。きちんと彼女自身として個体認識できたのではありません。しかし、彼女である。田中れいなのそれほど像、視覚的印象、認識と存在を重ね合わせることができませんでしたが、道重さゆみはやはりいたと思うし、そして彼女とも何かしらお話をしたのです。会話の内容はいずれも全く記憶にありません。
そこにまた、きちんとその像は確認しないままですけれども、亀井絵里が現れたように思います。僕はその時点で彼女に何かしら引っかかる、心の置き所を持っていました。例えば好意なんて風にきちんと昇華はできないながらも、特別な、ただただ彼女の存在の重さを他の事物とは異なるように感じる、といった風です。そして彼女は少し普通でない状態でした。弱っている、とか、不安定であるというようにその状態を見てとった、そんな記憶があります。彼女は尚その上でぐずぐずしていました。渋っていました。これからの行動をはっきりさせたくないとでもいったところでしょうか。
あるいは、彼女は少し僕を敬遠しているのか、という自意識がわきました。僕はそれを残念に思いましたし、それが本当なのかどうか強引にでもはっきりさせたいという気持ちになったのだと思います。そこからシーンは屋外、自宅への帰路に移ります。曇天の下、大粒の雨が顔に当たる。傘はさしていたか、さしていたなら、そんなにひどく濡れようもないであろうところ、雨の勢いはともかくとして、ずぶぬれとは言わないまでも、しっかりびっしょりでしたので、さしていなかっただろう、と推測しますが、はっきりはしません。あろうことか僕は彼女を家につれて帰ろうとするのです。彼女を横手に抱え込むようにしながら。彼女はやはり少し嫌がってるのか、連れて行かれるがままでありましたけれど、その歩は重かった。彼女のそのような否定の気持ちは僕には辛く、気が気でない。それでも彼女を連れて帰ろうとしました。付随的なポイントですが、夢の不思議なところで、横に抱いている彼女の顔は直接には見ないのですけれど、なのに彼女の顔をどこかで映像で知覚認識しているのです。実のところ夢の中で彼女の顔をきちんと見たかどうか記憶はありません。はてさて、最後に考えたことは、こうでした、自宅のガレージ(現実には存在しない)に入れば雨に濡れない、早く彼女をそこに連れて入ろう。
目覚めてから、亀ちゃんの写真画像を見てもいまいちピンときませんでした。僕は、当の夢の内容は置いておいて、彼女が夢の中に出てきたことを嬉しく思ったのです。ですが、夢の中の亀井絵里の存在の感覚と目覚めにおける亀井絵里の存在の感覚はうまくリンクせず、よってもどかしい気持ちが濃厚に残留していてどこか気持ち悪いといった按配です。おしまいです。