後者はまだ途中ですが、前者はジャズ史をつるっと俯瞰できる。後者は更に大きな領域からこのジャズ史を相互補完するようで、楽しみ。
このジャズ史はおおまかに、商業形態、ジャーナライズなジャンル史としての歴史や、歴史哲学的なプレモダン、モダン、ポストモダンの区別だけでなくて、契機としての特定のスター、重要人物の紹介、そして一等重要なことに音楽の記号論という楽理の側面を持ってるものです。で、それらをとても把握しやすいです。

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一番最後の音楽の記号論的側面(12音平均律、バップの演算、MIDI)が、結局自分にとっての、音楽の超歴史の問題に即応するもので、とても腑に落ちた。音の唯物論はまったき歴史の産物であるのだけれど、それはそれまでの歴史を音の唯物史観たらしめる、あけすけに野蛮に物語的な要素を排除する。そういう意味で超歴史的だし、「ポップ」です。ここでの「ポップ」はポップカルチャーの形容にとどまらない、例えば消費の性向なんかとは相性がいいのだけど、単に思想のファッション、物語のファッションとしてのそれといったところ。いやいや、超歴史的であるという構え自体が所詮歴史(の必然)の落し子に過ぎないとはいえる。だから、この観念はまずもって方法論的なものとして正当化されればいい、と思っています。
この方法は、およそ人間の物語を捨象する。ぼくは、あなたは、演歌をブルースをグレゴリオ聖歌ビートルズを唄えます。唄うに際しての技術の問題は別としても、「唄いうる」。そこでは、ぼくやあなたやぼくたちやあなたたちや、心は物語は神さまはいらない。だけど、それらから逃れられるわけでは決してない。結局、音の唯物論は、その音価のパラメーターの組み合わせとしては内的に完結する可能性をもつけれど、閉じたもの、集合である。物語は強固にその外にあって、そういう音楽を笑うだろう。方法はそれに関与できない。なので畏れるのみです。

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数学入門〈上〉 (岩波新書)

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数学入門〈下〉 (岩波新書 青版 396)

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下はまだ。数学というか算数というか、「数」の発明。うーん。「数」の、計算の原理的な部分にちらちら触れられる。例えば、問題を作って解く、のですね。そんな風に見える。問題はどこかに隠れてるんじゃなくて。あと、やっぱり計算のテクニカルな発想術みたいなのはすごいなーって感心する。「イコール」の破壊力とか、ゼロのそれとか、数学の「約束」、公理の強烈な意味。
数学的思考―ピュタゴラスからゲーデルへの可能性と限界

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オイラーの贈物―人類の至宝eiπ=-1を学ぶ (ちくま学芸文庫)

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この辺通読でなくて時々パラパラするのだけど、面白い。算術、数学の「動機」みたいなのは一体何なのだろうか、って思う。