#30

yomayoma2007-08-10

音像から判断するに、かなり近くでなっちがわがままジュリエットを口ずさんでいるようだ。あれいつか、いつかB・BLUE唄ってたよなあ。泣き顔でスマイル、すりきれてシャイン、踊るならレイン。荒っぽい錆の塗装の、コンテナの中みたいな室で、低音がひどく茫々としている。鉄の螺旋階段の中にいるようないつまでもうるさいアンビエンス。そしてなっちはわがままジュリエットだった。エンドレス・ジュリエット。急転直下のサビを唄わずに、ぐるぐるいいところだけリピートしているじゃないか。りしゃこはちろりと壁を見る。なっちを透かすのか?その存在の方向を示唆するかのように。りしゃこはきっとこの唄を知らない。
机の上のトカレフとピコピコハンマーと自身の写真集、どれを選ぶのかとりしゃこは改めて訊いてくる。先に10回ほど連続でピコピコハンマーを選択したのだが、一度として受け付けてもらえなかったのだ。もともと2択なのだろう。半ばやけくそ気味にそう確信することにした。大体、この部屋にはまったく照明が見当たらないのに何故これほど明るいのか、この奇妙な明るさの質は何なのか(壁に打ちこまれた楔のはげが皮膚を剥ぎ取られた肉体のようにみえる)、りしゃこの肌の質感がオフィシャルの写真みたいにつくりこまれているのは何故か、と気が気でないのだ。立体的に明度、光度が区切られている。明かり取りをウロウロ目の端で探すのはもう疲れた。象徴ゲームをしようか。
 
トカレフタナトスりしゃこの写真集はエロス。そしてなっちはわがままジュリエット、エンドレスリピート。脳内の貧困な発想はすぐに終わった。と同時に、なっちの歌声もぴたりと止んだ。引き金を引くりしゃこが知らないはずのサビを唄い継いでいる、ヨコシマなday dream、なげやりなirony、裏切りのrainy day。りしゃこの手で俺は穴だらけになっていった。貫通の軌道を弾道がなぞりだして、これ以上もう広がりようもないだろう。俺は穴になって消えてしまうこともできないのだ。サビも終わらない、装填も射撃も終わらない。ぽかんと空き続ける穴々で、なっちはまた唄い始めるだろうか、とぼんやり物思いにふける。
唄はいい、フェードアウトできるのだ。