突然の疾風怒濤は窓外の景色をぐにゃぐにゃと歪め、やがてちぎりだす。初夏の嵐には知覚異常、せん妄を惹起せしめる何かがあるのか。太陽光線が染み込んでいる白っぽい青空との対照が、その効果を倍加させているようにみえる。照らされるもの全てが安物アニメのようにのっぺらぼうの色彩だ。あわせて、大きい物理音、風がいたるところにぶち当たる、くぐり抜けていく音が怖い。夜驚症の汚泥のような夢を思い出させる。起きているのか眠っているのか、そういう判断がどうでもよくなってしまう、混濁した、言うなら、わたし自体が夢であるような、夢の記憶だ。そして4人は、そんな恐怖の夢に満ち満ちた集合無意識状カプセルの5.5畳で、その車座の面積を愛おしくできるだけ狭めつづける。
ガキさんが色っぽい表情をしてグラスを透かしていた、彼女はもう今年19になるのだ」「なるのだ、と言ったが、別にガキさんの真似ではない」。「シーンとしましたね」とサユミが合いの手を入れて、少し空気が動いた。かめいは自分でウトウトクーラーをつけておいて、寒いよと2度ほどつぶやいて、敷布団の間でやはりウトウトしている。その分4人の陣形は崩れていた。「もうそういうの、いわないで」とかめい越しにみきが言う。「はい」「そうやって自分を貶めるのはやめなよ」「はい」。俺は、みきはやさしいな、と思う。そして、瞬間的に、日本語に敬語や謙譲語があることが、日本人の笑いに、そのポイントに関係しているのじゃないかしら、と考えたが、うまくまとまらなかった。
何故こんなに風はヒューゴーとうるさいのだろうか。鼓膜の直近でうなっているのじゃないかしら、と手で耳元をはらっても虚しい。梅雨前線があらわれた天気図で、低気圧と高気圧の関係に気を配るより、ガキさんの写真集を見て、甘く切なくため息をつく方がいいのはわかりきったことだ。そういうのはやりすごすしかない。「ねえねえ、アスカリョウはこう唄ったよ」「君の愛は信じてる、天気予報ぐらいにね、って」「うん」「変じゃない?」何が変なのかわからない、とみきは鼻をかみながらこちらを向く。
 
「だってさ、天気予報って、信じるの対象になるか?」
「んー」
「神様を信じる、とか、地動説を信じるとか、そういう言い回しはまだわからないではない。何がしかの信念がそこにはあるだろうからさ。でも天気予報だぜ」
「んー、おおげさってこと?」
「まあそれもある。別にアスカ批判するわけじゃないよ。ただの歌詞のきざな表現だし、アスカ好きだし」
「じゃあいいじゃん」
「信じるってのがどんな心の働きなのか、きっと難しいよ。理性や知性に裏付けられた信仰と、お天気占いを信じるのは、やっぱ違うだろうよ」
「わたしはあの人が帰ってくるのを信じてます、みたいな」
「そうそう、それは、どっちかつったら、信じたい、ってニュアンスじゃん。99パー帰ってこないだろうけど、残りに賭けます、みたいなさ」
「かもね」
「まあそれも表現なんだけどさ、つまるところ。何が言いたいかって、とにかく何であれ信じるって言葉はその反対の信じられなくなったという事態に陥って初めて、発生するのじゃないか、ってことなんだけど」
「んーわかんねぇよ」
「ギブアップ早いな。いや俺もわかんないけどさ。信じられなくなった時に初めて信じてた、その心でも何でもいいけど、そういう信じる状態が生まれるというか、そういうのを認識するというか。極端だけど」
「そっかあ?」
「だから、信じるって頑張っても頑張っても、はい信じたってならない。透明なんだよ、信じてるって状態は。見えないの」
「わかんねえーー」
「ムキー!」
 
「じゃあさ、わたしのこと信じてる?」
「それこそわかんねえ。どっちでもないよ」
「あーかわいそ。あんたは人を信じないタイプだよね」
「かもな。興味ないんだよ多分そういうの」
「じゃあさ、亀ちゃんはほんとは亀なんだよ、信じる?」
 
気づいたら、かめいがくるまった布団にサユミがもぐりこんでいた。エリおきなさい、さむくないの?とやさしい魔法みたいに繰り返し繰り返しささやいている。でもきっと、かめいの重く閉じたまぶたはどんな突風でもめくれないだろう。明日は金曜日で雨降りらしい、と天気予報は告げた。