銭湯の娘

大雑把にいうと
非合理な経済合理性があいぼんの記事を記事にした。
これからどういう動きがあるのかわからない。
あいぼん謹慎とかにしてお茶を濁すのだろうか。
事務所の管理テクニックなんてたいしたものではないのだ。
そういう意味では全て一貫している様に見える。
幸いなことに
どんな処遇も経済合理性がおおらかに正当化してくれる。
マクロに全ては正当化される。
 
アイドルという概念の動揺は激しさを増す一方だ。
しかしそれは決定的には瓦解しないだろう。
なぜなら人は非合理にいつでも目をつぶっていたいからだ。
 
あいぼんを見られなくなることが
とても淋しい。
そしてのの