かめいのかはんしん#4

「あなたは私に何を求めていたの?」
しんしんする大気−原子のゆるい振動は遅い朝焼けを塗りこめ塗りこめ乱し反射し。
そんな中矢口真里の黒目は誠実で私を見据える。私には計りきれない誠実さが
そこにはある。しかし実のところそれはシルエット、明らかでないのだ。
本当に彼女は矢口真里なのだろうか?145cmの影が伸び縮みする。
腋の下の汗が蒸発、水分が蒸発する時に周りの温度を奪っていくという
現象の名前はなんだったっけ、いや最初から知らなかったのではないか。
問いが宙吊りだ。私は一体彼女に何を求めていたのだろうか。声に出さない。
「物語」は若干形而上のニュアンスを覗かせている。それは生成されるもので
どこまでも拡大拡張していく。というと空間的なイメージだがそうでもなくて。
我々の意識に関わる物事でありその総体である。矢口真里の物語。
「物語」という言い方は極めて恣意的だ。しかし私には大事な概念のような
気がする。社会学的な意味での「情報」でもあり、サルトル流の「意識」でもあり
その実茫漠としたごった煮の何もかも全てだ。矢口真里に対する何もかも全て。
私は別に意識的にそれを生成したわけではない。いつのまにかしていたし
今もしているのである。それは私の意図を離れている。
恋愛感情を殊更強調したことも過去にあった。それは別に誤りであったわけでは
ない。ただそれは物語の一部に過ぎない。なるほど物語は便利なものだ。全てを
それに押し付けることができる。だが私は何を言いたいのか?何を言うことが
できているのか?矢口真里に対する怒り、悔しさ、同情、たくさんの感情。
全ては物語。
私は私を精神分析にかけるつもりはない。
大事なものは何大事なものは何大事なものは何
頭の中のぼつぼつした反響と左耳を絶えずテストする耳鳴りをやり過ごして。
私は肺を凍結させる勢いで深呼吸し彼女に告げようとするのだでも
すでに時間は止まっていて、朝は暗く冷たく焼け続け
寒さでとても切れ味の鋭敏な鼻先、己の体臭を確認するのみだ。

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誕生日おめでとう、銭湯の娘