シングルV「スイートホリック」 [DVD]

シングルV「スイートホリック」 [DVD]

PV3本とメイキング。
1本目はノーマルだが
赤色に包まれるなっちを映し続けで挑戦的。
というのはこれはごまかしがきかないだろうから。
映像が淡々と動き少なめなので情報が一貫している。
2本目は「edit ver.」。
こちらの方がPV向けかなという感じではある。
3本目は「sweet ver.」とのことで
寝ているなっちを真上から長回し

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なっちの手のエロさについては
何度となく思いの丈をつづってきた気がするが
しつこく書く。
 
彼女の手は見た目赤ちゃんの手みたいだ。
そしてそういう要素がエロさを増幅させていることは
間違いないのだと思う。
更にはその手がなっちの手とは思えないということ。
なっちの鈍臭さと相反するような
艶かしい動き。なっちの意思とは別のような。
「sweet ver.」のなっちの手を見ていて
他人の、別の誰かの手がそこにあるような錯覚を覚えた。
 
色んな要素が混入してるのだな。
だから軽い混乱があるし、
そしてそれすらもエロさに加担しているのかも。
 
「手」それ自体が一般的にいってもフェティッシュな存在だとは思う。
僕自身には手フェチというような嗜好は、特別にはない。
ああなっちの手に何故こうもひきつけられるのだろう。
やばいなっちの手食べたいかもカニバリズム

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それとなっちの「かわいさ」。
 
このPVを見てて思ったのは
彼女の「かわいさ」はとても特殊なのではないかということ。
今年この人25歳になるらしいが
25歳の女の子の「かわいさ」ではないだろうと
まあ当たり前と言えば当たり前なのかもしれないけれど。
25歳の女の子にいわゆる「かわいさ」を求めること自体が
ある困難に見舞われているのだろうと思う。
形容として他に要素がいっぱいあるから。
 
それでなっちは勿論もとより自然にかわいいと言いたいのだけど
つまり自然な25歳の女の子の「かわいさ」という
類的なものがあると言いたいのだけど
そこにグロテスクなまでの「かわいさ」が付加されている、
もしくはなっちの内的必然からそれはもう本質のようなものである
ということが言えそう。
それは25歳のなっちが何なのかという問いに繋がるわけだが。
それは我々の制度的なカテゴライズの困難だ。
彼女をアイドルと呼ぶのにためらうのは何故なのか。
アイドルは何歳までアイドルなの、といった皮相な問いが発生する場所。
話少し戻して
そのグロテスクな「かわいさ」は理念的な「かわいさ」なのだと思う。
それは推測に過ぎないけど
彼女が内的に求めているものではないか、という点でそうだし
そして我々が外から彼女に求めうるものであるいう点でもそうだし
ともかく24でこうなので34になっても44になってもこうかもしれない
そんな予感めいたものを覚えた。
ホルマリン漬けの「かわいさ」、化石の「かわいさ」
って表現はちょっと逆説じみてるけど、当は得てそう。
 
願わくばそんななっちとインドア派決め込んで
キャーキャーいって暮らしたいなって
そんな締めもまあいいではないでしょうか