無関係な死・時の崖 (新潮文庫)

無関係な死・時の崖 (新潮文庫)

昭和30年代の短編集。
この本の中で大体通じてあるイメージとして、「逆転」。
それらは重苦しかったり、鬱陶しかったり、陰惨、とにかく暗い基調だけど。
具体的には、立場の逆転、主客の逆転などと言えるだろうか。あるいは自己言及?
タイトル作「時の崖」だけ、その手法からか浮いている。
意識の流れが視覚的で、ポップに感じる、今は平成19年ってところか。
 
「人魚伝」冒頭にいい文章があったので引用。

ぼくがいつも奇妙に思うのは、世の中にはこれだけ沢山の小説が書かれ、また読まれたりしているのに、誰一人、生活が筋のある物語に変わってしまうことの不幸に、気がつかないらしいということだ。いや、気づいた者がいても、その声がぼくの耳まではとどかないだけかもしれない。多分そうなのだろう。事実、世間は、聞えない呟きや物音で、窒息しかかっている。その中には、おそらく、ぼくのように悲鳴をあげている者もいるにちがいないのだ。

 

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物質的な「貧しさ」が戦後確実にあったらしい。それは勿論様々な契機からの相対的規定による「貧しさ」だ。ここ数年数十年は、物質的な豊かさの中の「精神」の「貧しさ」などが事ある毎に惰性的に言われてる。
「生活」には普遍性がある。形式はともかくも、「豊かさ」「貧しさ」とは直接関係ない「生活」。生活の物語化は非生活だが、非生活の方が余程生活に見えるし、それが全うなものとされる。それでいいじゃないか、と。生活するという自動詞、生活者という実存はただの妄想ではないか、と。
生活が比較できるのは、物語化した生活にレイプされながらのこと。幸も不幸もそういうところから発生する。