ダブル レインボウ

ダブル レインボウ

豊富な作家陣、プロアレンジャー。
アコギ、エレピなど楽器たくさん。
そして唄い方もたくさん、楽しめる。
かなりディレクションがあったかも、それに応じて
「唄う」ことを純粋に楽しんでるようで。
でもそれがナチュラルなような。かつてのnaked songsよりnaked。
 

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「今はレットイットビー」
うっすらシャッフルしてたり。BULGEかあって
クレジット見て。意外。牧歌的なメロ。
 
「HAPPY TO GO!」
コンサ映えしそう。リアクション想定したリズム満載。
最後のサビ前のタメは本番何かしら仕掛けてくるかなあ。
あややのおいしい帯域をおいしく。
 
「ソウルメイト」
転調多くて、バカラックとかスティーヴィーワンダーが匂う。
AメロとBメロとサビとで、メロのリズムの差異化。
この安岡洋一郎さんも作曲編曲。理想的。
 
「ダブル レインボウ」
タイトル曲にふさわしいたたずまいの。
AメロとBメロ、コードの類似において、メロをうまく変えてる。
「可能性」が歌詞のモチーフか。でも何故「ダブル」「レインボウ」なのだろう?
内省に見出される「可能性」。二重の虹は何を象徴するのだろう?
 
「blue bird」
コモリタミノルはなんか洒脱ですね。コーラスできる強み。
あややスキャットあややウィスパー、あややフェイク、色んなことしてる。
 
「風に任せて」
アコギのストロークが全面に。伸び伸び朗らかに唄うあやや
 
灯台
サビの頭が小林建樹!って主張。
パンのエレピが心地よい。
 
「引越せない気持ち」
フォークロック調な。スネア、ロールが作り出すリズムが決定的。
マンドリントレモロ
リフレインがパーツの構造性を崩す。パーツの意味がぶれていって楽しい。
 
「女 Day by Day」
あやや」が唄ってもおかしくない弾けた一曲を
唄うは松浦亜弥
 

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余裕を感じる。
松浦亜弥は「あやや」の曲を唄える。非可逆、不可逆。
なるほどかつての「あやや」は完全な作品だった、と改めて感じた。
あやや」は「あやや」だった。
事あるごとに言っていた、唄うに際しての経験の裏打ちの意味。
その意味は余裕という形をとって伝わってきた気がした。
余裕が余裕になるまでの紆余曲折(外から見る限りでの)を思い出す。
余裕はいつもギリギリの余裕だ。
 
「大人」「B型」といった歌詞に出てくる境界を示す概念は
彼女の新しいアイデンティファイだろうか、というと
ちょっと違うと思う。特殊じゃなくて普遍への志向が潜むと思う。
松浦亜弥は彼女の自分を借りて他の誰かの「自分」を唄っている。
それがまた新たな乖離の始まりになりうるとしても。
 
良ポップスアルバム。
でもつんく離れはやはりやはり
感傷的になります。